原発と正義と山本太郎
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『原発と正義と山本太郎』

今の時代、誰でもお手軽「正義の味方」になれる。
ただ一言、「原発反対!」と叫べば良い。
この一言だけで、良いコトを言っている気分に浸れる。
誰かの役に立てるような気分にもなれる。
これに加えて、東電の悪口を言えば、更に「正義の味方」度はアップする。
専門的な知識は必要無い。
震災後にテレビや新聞から仕入れた情報だけでOK。
薄っぺらい知識をひけらかし、安っぽいヒロイズムに浸る人物は、ここの所、急増している。
にわかエコロジスト。
それまで、環境問題に興味はなかったクセに。
原発事故をきっかけに、土や水の大切さ、電力の有難さに気付いたというなら話は判る。
けれど、多くは、目に見えない恐怖を打ち消そうと「原発反対!」と叫んでいるように見受けられる。
環境問題に興味が無かった人ほど、突きつけられた現実は重たく厳しく感じられたのではないだろうか。
だからこそ、ヒステリックに喚く。
「原発反対!」と。
私は原発に、積極的に反対はしない。
現時点では、原発反対の声を上げるべきでは無いとも考えている。
反原発を叫べば叫ぶ程、福島に住む人たちが差別を受けるような気がしてならないのだ。
「放射能は危険で怖い」から、「放射能を浴びているであろう人たちも危険で怖い」になりかねない。
現に、福島から疎開した人たちが差別を受けているという報道がなされている。
他にも反原発と発言したくない理由はあるが、
一番は、「旭堂花鱗」のイメージが固定されるのが怖い。
講談師、芸人は芸だけでなく、イメージも売る商売。
特定のイデオロギーに染まっていると見られたら、活動の幅が狭まってしまう。
それを恐れず、「原発、反対!」と叫び続けた芸能人が居る。
俳優の山本太郎だ。
震災後から、ツイッターで、急に社会的発言が増えた。
テレビで見るのとそのままのキャラクター、熱血漢なのだろう。
熱く原発問題に触れ続けた。
発言をするだけでなく、デモにも参加。
行動でも、反原発を見せつける。
有名人がデモに参加となると注目度が上がり、訴えが世間に広く知られる。
主催者や賛同者にとって、山本の参加はとても心強く、嬉しかった筈。
だが、一連の言動により、彼は大きなツケを支払わされることになった。
反原発運動が問題視され、決まっていたドラマは降板。
これをツイッターでつぶやいた所、とても大きな反響が。
多くは山本に同情的。
この「事件」により、反原発の気持ちを新たにした者も居るだろう。
ネット上では、山本をヒーロー扱いする者まで出てきた。
しかし、よく考えてもらいたい。
俳優も演技だけでなく、イメージを売る仕事。
イデオロギーに染まった俳優は、ドラマ、物語の色に染まり辛く、使いにくい。
社会的発言を繰り返している山本は、降板させられて当然といえる。
降板だけで終わると思いきや、この「事件」の騒動が大きくなり過ぎ、所属事務所に甚大な迷惑をかけたと、山本は退社した。
芸能事務所は、契約やら何やらで、即座に辞めるのは難しい。
普通の会社でも同じ。
だけれども、山本は、「事件」の告発から、わずか2日でサイナラ。
これは、彼の発言が、それだけ事務所に被害をもたらすという意味。
他の芸能人が、迂闊に社会的発言をしないという意味でもある。
果たして、彼はこうなると予測して発言し、デモに参加しただろうか。
今後も、反原発を含め、環境問題に取り組んでいくつもりでいるのだろうか。
もし、未来を見据えずに行動を起こしたのであれば、軽率極まりない。
前述した、にわかエコロジストと同じ。
芸能人でありながら、自分の意見を発したことは評価に値する。
が、これからの指針を見せていかなければ、仕事はなくなり、
芸能界から消えてしまうだろう。
山本太郎の真価が問われるのは、まだ先だ。

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『原発反対!』なんて声高に叫んだその足で
家に帰り電気をつけパソコンの電源を入れ
携帯の充電なんかしている姿を想像すると
薄ら寒いものを感じます。
右でも無く左でも無く
流されないように流されながら
ただただ生きているのです。