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【涙活】3分で泣ける実話ショートストーリー「短い包丁」

ーーあなたは包丁を、研いでますか?(DOKUJO文庫編集部)

3分で泣ける実話ショートストーリー「短い包丁」

父方の祖母が立つ台所には、鉄製の短い包丁がある。

いつから使われているのかは分からない。何度も研がれて小さくなった姿が、その歴史の長さを物語っている。

祖母は自分ではあまり料理が上手くないと言うが、私達が遊びに行くと必ず美味しい食事を用意してくれていた。

食材はもちろん、あの短い包丁で切られたものだ。木のまな板に包丁が当たるトントントンという音が、これから現れるであろう料理を期待させる序曲に聞える。

戦中戦後の食料難を経験している祖母は、栄養のあるものをお腹一杯食べるということが、子育てにおいて一番大切なことと考えていたらしい。

だからか、もういらないと言うまで私達孫に食べさせた。命を繋ぐ為には食事を取らなくてはならない。

祖母は大切な人達の命が存えるよう、毎日毎日台所に立ち包丁を握っていた。

その食事により成長した彼女の2人息子たちは揃って前期高齢者になり、孫5人も全員成人した。

ひ孫も8人誕生している。私達が大きく成った分、包丁はどんどんと小さく成っていった。

体格のいい親戚一同が揃う度、「あの鋼製の短い包丁は専業主婦である祖母にあたえられた勲章なのだ」と私は感じる。

自分が作った料理を人に食べてもらうようになってから、なおさらそう思うように成った。


時は流れ、祖母は短い包丁を握らなくなった。

つれ合いである祖父に先立たれ、可愛がっていた犬のコロも他界した。

息子たちも孫たちもそれぞれ忙しく、家に寄り付かない。彼女の出番がなくなってしまったのだ。

よく手入れがされていた短い包丁は赤サビが出、台所の遺跡になってしまった。


必要とされないと感じ始めた祖母は、夢うつつの住人となる。

老人ホームに入所し、夢の中で心配するのも息子たちの食事のこと。

「今から準備しないとお腹をすかせているから」と。祖母の2人の弟たちと息子たちを混同することもあった。

混同していても、同じく「お腹をすかせていないか」と心配をする。

それだけ戦中戦後の食糧難は凄まじく、祖母の記憶に強く焼き付けられていたのだろう。


夢の中で祖母は包丁を握る。短い包丁はまだ長い包丁だ。

台所の窓を開けると、西日と河口からの風が軽やかに流れ込む。トントントンと包丁とまな板の当たる音。

背中からは息子たち2人が「おなかすいた」とやいやいと声をかける。

18時前に夫が仕事から帰宅し、家族4人で食卓を囲んだ。満足に食事が取れる幸せ、家族が揃っている幸せ。

戦争を体験した祖母の幸せは食卓にあった。

遂に短い包丁が折れた。研ぎではどうにもならないほど、腐食が進んでしまった。

時同じくして、祖母も永遠の眠りにつく。一度は離れ離れになった祖母と包丁。

再会が互いの死であるものの、これで再び一緒に台所にいられるようになった。

浄土の台所で祖母はまた家族に食事をふるまう。

先に逝った祖父や祖母の2人の弟たち、犬のコロもお腹をすかせて待っているだろう。

祖母を見送り、年々祖母に似ていく鏡の中の自分の姿に思う。

いつか私も自分の「短い包丁」が持てるだろうかと。

大切な人のために、あれほどまでに研ぎ続けられるだろうかと。

作:旭堂花鱗

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